お侍様 小劇場 extra

    “まだ もうちょっと” 〜寵猫抄 


さすがに四月も半ばとなると、朝の訪れも早まって。
広々としたリビングも、
早い頃合いからどこもかしこも明るさたたえて、
いかにも暖かそう…に見えるのだが。

 「みゅう〜〜vv」

キッチンにて朝食に使った食器を片付け、
さてと戻って来た七郎次の視野に収まったのは。
陽だまりの中に据え置かれた炬燵の、
上掛け布団へ両腕広げて抱きつく格好、
ぱふりと頬寄せ、ご満悦な仔猫様の姿であったりし。
丸ぁるいお尻の下からちょこりと足の先を覗かしてという、
かわいらしいお膝を折っての正座もどきになっているのも、
その身の前面を出来るだけいっぱい、
お炬燵
(コタ)にくっつけていたいからだろと思われて。
無機物相手のハグにうっとりしているおチビさんへと歩み寄りつつ、

 「久蔵ってば、薄情なんだからな。」

ここんところ、あんまり後追いとかしなくなっちゃってと。
恨みがましいお言いよう…とはいえ、
くすくす微笑っての冗談めかして、七郎次が口にする。
今朝は勘兵衛がお寝坊を決め込んでいたのでと、
朝ご飯はここでとった二人であり。
ポーチドエッグの半熟の黄身とほかほかごはんを和えて、
おかかやシラス、カツオのふりかけをトッピングしつつ、
一匙一匙丁寧にお口まで運んで差し上げ。
桜色に染まった頬っぺをふくらませての、
うまうまうま…と。
目許をたわめては幸せそうに、
美味しいの嬉しいのと微笑ってくれるだけでもう、

 『〜〜〜〜〜〜〜。////////』

ううう〜〜〜っと萌えることで胸が一杯になってしまう、
自分だって結構お手軽なおっ母様だったくせに。
後片付けにと立ち上がっても ついて来ようとしないまま、
金の綿毛をぱさんと揺らして抱きついた、
炬燵の方への居残り選んだ仔猫さんだったのが、
格づけで“炬燵より下だ”と言われたような気がしたものか。
ちょっぴり芝居がかっての、
そんなお言いようをしちゃったお兄さんだったのだけれども。

 「みゃっ!」

こちらの言うこと、ちゃんと理解出来てるはずだろに。
だとすりゃ、そんな瑣末なこたぁ聞いちゃあいないということか。
戻って来た七郎次のほうへ、小さな肩越しお顔を向けると、
自分がチョコリと埋まりかけてた綿入れを、
紅葉みたいなお手々でぱふぱふとはたく仔猫様。
いかにも“はぁくはぁく”と急かすのを、
はいはいと苦笑で受け止めながら、
言われた通りに歩み寄り、小さな坊やをひょいと抱えると、
そのまま掛け布団へ足を突っ込んで、そのお膝へ坊やを座らせ、
これで完成となる態勢。

 「はうぅ〜〜

お尻と足元とへお布団を掛けてもらった久蔵、
暖かでやあらかなお膝の上へと、
抱っこされてる感触にも満足してのことだろう、
ご満悦ですという声になる。

 「久蔵は炬燵が大好きなんだねぇ。」

何と言っても実体は小さな仔猫。
ぬくぬくのほわほかには理屈抜きで弱いらしく。
空気を一杯含んだ上掛け布団のやわらかさと、
それがじんわり暖かいという感触には、
すっかりトリコとなっており。
夜に寝るのは、ウサギのファーを敷き詰めた猫ベッド…と、
そこは変わらぬ彼なれど。
朝一番に起き出して来た七郎次に飛びついて、
まずはのご挨拶が…炬燵をぱふぱふし、
はぁく点けて、なんだから推して知るべし。

 「♪♪♪♪〜♪♪」

七郎次の懐ろへ背中を預けているのも最初だけで。
しばらくすると もぞもぞしだし、
寝返り打つよに体勢入れ替え、
やわらかい頬をお兄さんのモヘアのセーターに伏せると、
炬燵よりもむしろ七郎次のほうへと凭れ、
くうくうと朝のお昼寝へ突入してしまうのもまた、
このごろの久蔵の日課になっており。

 “か〜わいいんだから♪”

時折、金の綿毛が頭ごと ふりふりっと震えるのは、
ちょうど仔猫がお耳をひくひくと震わすのと同じことならしくって。
そんなほど堂々とした午睡もどきへ突入した仔猫さんを起こさぬよう、
気に入りの髪、白い指先でそおっとそおっと梳きながら、
七郎次もしばしの食やすみを堪能することとする。
洋館仕様のお屋敷のそれにしては、
こんな風にやぐら炬燵なんぞを置いても、
結構 落ち着く仕様のリビングで。
もしかせずとも、昔日ここに暮らしていたお人らも、
こうして炬燵にあたっていたのかも。
そんな話を勘兵衛へと振ったらば、

 『さて それはどうだろか。』

そちら様も炬燵に足を突っ込みつつも、背中は丸めずのいい姿勢で、
新聞を眺めていたのを畳みつつ くすんと笑い、

 『この屋敷の様式を思えば、和室へと置くのが前提のはず。』

そういえばこの屋敷は随分と和洋折衷な作りとなっており、
畳に襖、床の間に違い棚…という純粋な和室も幾つか揃っている。

 『そうか。こういう物はそっちでお使いだったのでしょうね。』

お膝で丸くなって、
うとうととうたた寝し始めていた坊やの背中を撫でながら、
そんなやりとり交わしたことを思い出す。

 “それにしたって…。”

この春は本当に落ち着きのないお日和が続いており。
初夏のような上天気、
アイスクリームや冷やし中華が早々売れたようなほど、
汗ばむ日があったかと思や。
それが昨日の話とは思えぬほどの大急ぎ、
仕舞ったはずの冬の上着がすぐにも要るほど、
冷たい風が吹き荒れの、積もるほどの雪が襲いのと、
冬も冬、真冬に戻ったような空模様となってしまったり。

 “ホント、いい加減にしてほしいですよね。”

この炬燵がなかなか仕舞えぬのを零したら、

 『そのうち梅雨になって、雨続きで寒いとなればまた仕舞い損ねるぞ』

そんなこんなしている内、土用の丑がやって来て、
真夏になってやっと片づけるなんて事になるのではと、
しゃれにならないお言いようをしてくださった御主を思い出し、

 「………。」

和んだ目許や、やわらかな笑みを浮かべておいでだった口許、
癖の伸びた豊かな黒髪に縁取られていた精悍なお顔と、
あごにたくわえたお髭を、
いかにも重たげで大きな手でさりさりと撫でる仕草などなど。
お姿とそれから、
頼もしい存在感まとったその雰囲気までもを思い起こしていたものが。
微妙に別なことへと思いを馳せてしまったものか、

 「……、〜〜〜〜。///////」

途中からかぁっと頬が赤くなり、微妙な百面相になったのは。
思考が少々艶っぽいことへと至ったからだったりし。
まろやかなお顔でうにゃむにゃと、
うたた寝しかかっている久蔵の様子を眺めているうち、
ふっと思い出したのが……昨夜の寝間での誰かさんの寝顔で。
寒いのが苦手な勘兵衛が、なかなか寝付けぬからだろう、
冷えきった身にてこちらを抱え込むのが、
冬場から引き続いての ほぼ夜ごとというペースになっており。
手足なり懐ろなりが温もったら、
そのまま安んじて眠ってしまわれる罪のなさじゃああるのだが。
あのその、こっちとしてはその……。

 “…………。//////////”

随分と長いこと、
あくまでも“求めに応じての睦み”なのだという、
頑なな把握でいたものだから。
こちらからの想いというものへ枷を掛けてた間は、
それで支障などなかったものが、
今は微妙に、時々 歯痒い晩もあったりし。

 “…どう言やいいんだろ。////////”

甘え方なんて知らない。
というか、物によってはそれなりに、
ねだりがましい物の言いようだとかを
出来ないことはない七郎次なのではあるが。

 『原稿が上がったら、
  打ち上げを兼ねて南坂の公園まで伸しませんか?』

夜桜が綺麗なんですってよと、一緒にという外出をねだったり、

 『久蔵の新しいお皿に、
  ちょっと値が張るのですが…
  ドルトムントのワイルドチェリーセット、
  買ってしまっていいでしょか?』

拝むように手を合わせ、
いい年齢して“ねえねえ”と言わんばかりの口調で、
ねだったことだってあるのだけれど。

 どういうものか…こればっかりは。

そこがやはり閨房での秘めごとだからだろか、
こちらから持ちかけるなんて、
蓄積がないため、てんで判らない七郎次としては。
臥処にて あの雄々しい肢体にすっぽりと抱え込まれることが、
底知れぬ安堵を招く幸せであることと同時に。

  あのあの…今宵は それだけでしょかと、

もうちょっとの何かを、彼の側から欲しいと思う晩も、
訪れてしまうこの頃だったりするようで。

 “勘兵衛様はどうなさってたっけ?”

こちらをするりと抱き込んでの、それからえっと。
のしかかって来てお顔を覗き込んで、それからそれから。

  “…………あ。///////”

そうだ、勘兵衛様だって何と構えるわけじゃあないのだ。
ただこちらと視線を合わせ、よしか?と目顔で訊くだけのこと。
真摯な眼差しで覗き込まれ、
あの男臭いお顔を間近まで寄せられて。
こんなにお慕いしている身としては、何で嫌だと断れようか。

 「……ずるいなぁ。////////」
 「何がだ。」
 「……っ☆」

思わぬタイミングでのたいそう間近から、
しかも当の本人からのお返事があったのへ。
どっひゃあとその身を撥ねさせてしまった七郎次であり。
その弾みで、

 「にゃっ!?」

にゃんだ、にゃんだ?とお膝の仔猫様まで跳ね起きた、
ここでも落ち着きのない春になっちゃった一幕で。
早く暖かくなればいいのにねと、
リビング覗く紅木蓮が、くすすと微笑った朝ぼらけ…。





  〜Fine〜  2010.04.15.


  *本当に何なんでしょうかこの春は。
   お天気予報士の方によれば、
   北極で寒気団が膨れたり縮んだりを繰り返しているのと、
   太平洋で発生したエルニーニョとが、
   変わりばんこに日本列島の辺りで鬩ぎ合っているのだそうで。
   それで、寒い→暖かいが日替わりでやってくるという
   極端なことになってるらしい。
   しかも、そんな風に2つの気団が
   押しくらまんじゅうしている地点には
   低気圧が発生しやすいので、
   台風並の強い風も吹きまくり…となるのだとか。
   冗談抜きに、炬燵はなかなか仕舞えなさそうですよ、シチさん。
   猫キュウには大喜びなお知らせでしょうけど。
(笑)

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